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学者たちを駁して

人文書中心の読書感想文

晩年のレヴィ=ストロース/『みる きく よむ』について

レヴィ=ストロースは、晩年の芸術論『みる きく よむ』(当時85歳!)のなかで、葛飾北斎の『富嶽百景』の画の中に描かれる事物のスケールに著しい差があることに注意を促した上で面白いことを言っている。*1

富嶽百景』のいくつかの画面は、〔…〕多分現場で描いたり、画帖に書きとめた景色の細部や断片を、スケールの違いを無視して後で寄せ集め、画面を構成したことを示している。

つまり、北斎は、あらかじめ描こうとする景色の断片を一つ一つ個別に構想して描き、その後でしかるべく配置をして一つの作品に仕上げたのではないかと言うのである。これは、単に草案から最終的な画面を仕上げるという通常のやり方とは少々異なっている。要するに、ゴッホドビュッシーなど西洋の芸術家たちを驚かせた北斎の作品の偉大さの秘密は、彼の作品が一種の“二次創作”であったことによると言うわけだ。

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 レヴィ=ストロースの考えでは、作品を描くときに北斎が行なっているのは、あらかじめ一定の形に裁断された布地をつなぎ合わせて一枚のドレスを縫い上げるような、接合の作業である。彼の作品はきわめてモンタージュ的・コラージュ的な特徴を持っていて、それが『富嶽百景』の魅力になっていると言うのである。

レヴィ=ストロースによれば、北斎の作品が持つこうした「魔術的」特徴は、作品の二重の分節化が生み出したものである。北斎の作品は、第一次的な分節の段階で個々のパーツが作品として既にでき上がっていて、次いで、それらがしかるべく組み合わされ、配列されて、さらに高次の作品を生み出すという二段階の手順を踏んでいるのである。*2

                                                                           

                             ◆

  

85歳のおじいちゃんの言うことなのであまりまともに受け取ってはいけないのかもしれないが、言語学者の言う二重分節[double articulation]*3という観点から絵画や小説など、芸術作品を総合的に捉えようとする本書のアイデアは確かに魅力的だ。 

中でも特に、ニコラ・プッサンの絵画を巡る考察は、プッサンの伝記的事実からの裏付けもあり、かなりの説得力を持つことに成功している。 

例えば、『エネアスに武器を見せるヴェニュス』の手の届きそうな空中に浮遊しているヴェニュス。

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 『ダフネーを愛するアポロン』の小さな柏の樹の枝にまるでそれが寝椅子であるかのように腰掛けている森の精ダフネー。

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あるいは、『盲目のリリオン』の雲に肘をついて立つ女神ディアーナ。
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これらは全て、「別のところで構想し、描いたものを、この作品の画布の上にそのまま移し置いただけであるかのような印象与える」。プッサンの描く人物は、その一つ一つが「互いにまったく関係のないように切り離されて」並べられているようにみえる。なぜそう見えるのか?その秘密は、プッサンのアトリエの中に置かれた小箱の中にある。
 

 プッサンは、作品の制作に入る前に蠟を使ってあらかじめ小さな人物模型を作っていたと言う。それらの小さなマネキンに彼が描きたい姿勢を取らせて、一枚の板の上に並べる。さらに、湿らせた綿布の衣装をマネキンに着せ、その上に尖った棒でシワやヒダをあらかじめ付けておく。光の効果を確かめるためである。

このような画面の前で、彼は絵を描き始めるのである。この模型全体を収めるの壁面にしつらえられた小孔から入る光が、模型全体を背後から、あるいは側面から照明する。こうして前面の光を調節し、地面に投げられる影を確認することができる。プッサンは、小さな像をあちらこちらに移動し、その場面の小さなモデルを使いながら、描くべき画面の構成を固定していったのであろう。

プッサンマネキン人形は絵画に先立って制作され、絵画より小さな次元において、個々の人物造形が既に完成された作品となっている*4。これが制作の第一次的な次元である。既にこの段階において、ブリコラージュのあらゆる手法が駆使されていた。そしてプッサンの絵画はさらにこれらの人物像をパッチワークのように互いにつなぎ合わせることでより高次の構成を達成したものである。その意味で、

プッサンの作品の独自性、つまりその記念碑的な偉大さの理由のひとつは、彼の作品が第二次的な制作であったということによるのではないかと私には思われる。

プッサンの描く個々の人物像がそれだけを個別に見ても驚異的な完成度を誇っているように見えるのはそのためだ。プッサンの作品全体を形づくる一つ一つのキャラクターは、それ自体がまとまりを持つものとして造形され、その個別性を保っている。どのような部分も全体と異質ではない。キャラクターそれぞれがそれだけで作品全体と同等の価値を有する作品であり、全体と同じ価値を持っているのである。というのも、彼が描き出す一人一人のキャラクターは、全体と同じように深く考えぬかれたものだからだ。プッサンの作品を彼独自の制作技法に基づいて解釈した場合、その作品全体は、細部においてすでに実現されている構成のさらに高次の二次的構成とみなすことができるのである。

                                                                                                 

                             ◆ 

   

「この哲人画家」(プッサンは当時こう呼ばれていた)はしっかりとした判断、知識を持っていて「その根拠を深く考えることなしに、自分の作品に何も描き入れることはなく、長い習作と探求が熟するまでは画布に何も描くことはなかった。」

今日のあらゆる芸術家と同じようにプッサンもまた自分の作品に意味を込めた。どの作品においてもプッサンは一つの物語を語ろうとするのだが、それは全く説話的なものではない。つまり、そこに描かれているのは、「時間のなかで継起する小さな事件の連続」としての物語ではない。例えば『ビュラモスとティスベー』に描かれている波一つ立たない池の水面は、嵐の中で強風に身をよじる樹木のざわめきとは矛盾しているように見える。

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だが、プッサンにとって重要なことは、何よりもまず、「荒れ狂う嵐」(を表現する強風に身をよじる樹木)とか、「嵐の前の静けさ」(を表現する波一つ立たない池の水面)といった、数多くの異なった瞬間に見られる嵐のさまざまな様子を一つの空間のなかに取り集めることなのである。まさにこの意味において、《多くの起こりうることを同時多発的に並置する》ことを目論むプッサンの絵画は、《一つの場面には一つの時に起こることしか描くことができない》という「時の単一性の法則」に違反している。

絵画は歴史と同じものではけっしてない。歴史家は、自分が描きたいと思う出来事を継起的に表現するのに対して、画家は異なる時に起こった数多くの出来事を一つに結び合わせなければならない。というのも、「画家は、彼が描きたいと思う事柄を取り上げているまさにその一瞬しか持ち合わせていないのだから、それ以前に起きた多くの事柄を一緒に描かなければならない場合がある」からだ。*5

例えば『ソロモンの審判』では、死んだ子供が王の前に引き出される場面が描かれるが、歴史上どこにもそのような場面を正当化するものは見出せない。

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子供はすでに死んでいる。それは画面内で描かれる他の出来事「より以前に」起こった事であり、同時に起きたことではないのだから、子供の死が描かれるようなことは「時の単一性の法則」に従う限りはあってはならないことである。だが、プッサンにとって重要なことは、たとえ同時に起きたことでなくても、その状況を示すあらゆる要素を同時に表現することなのである。その意味でプッサンの絵画的な主題処理は、連辞的というよりは範列的であり、説話論的というよりはむしろ主題論的な性質を持っている*6

プッサンは「悪い」母親を「本当の」母親から区別するために、「悪い」母親をその特徴的な持ち物=死んだ子供によって表現しようとする*7。「死」を抱いている方の母親が「悪い」のであって、「本当の」母親はそうではない。そして、このように過去に起こった子供の「死」を時間とは無関係に並列することで、プッサンの作品は色彩のレベルでも両者の対比を成し遂げる。

〔向かって右側の〕女の胆汁色の顔色、青ざめた小さな遺体、衣のくすんだ赤とオリーヴを思わせる緑、もしこれらの色彩を二人の女に配分したとすれば同じ効果を出すことはできなかっただろう。

異なった日付のさまざまな出来事や小さな事件を現在の画面のなかに呼び出し並置させるプッサンの手法は、説話がそれによって支配されるところの「時の単一性の法則」から絵画を解き放つ。そこにはもはや、過去もなければ未来もない一つの時、すなわち「芸術的創造の時があるだけだ」。まさにこれこそがプッサンの考える「画家の自由」なのである。 

  

                            ◆                                         

  

プルーストの『失われた時を求めて』の「時」に関して、ジャン=ルイ・キュルティスは次のように述べている。

この『失われた時を求めて』という作品には、失われた時もなければ、見出された時もない。そこにあるのは過去もなく未来もないひとつの時、ほかならぬ芸術的創造の時があるだけだ。それゆえに、『失われた時を求めて』という作品のなかの時間構造は、あのように茫漠とし、捉えがたく、あるときは伸びやかに広がり、あるときは短く結ばれ、あるときは円環をなしているが、線状に進むことは決してない。もちろん、正確な日付が打たれることも決してない。[…]シャン=ゼリぜで遊ぶ子供たちが、はたして輪遊びをする年頃なのか、こっそり煙草を吸う年代になっているのか、それもよくわからない。

 絵画(を見ること)について言えることは、小説(を読むこと)についても同じように言える。プッサンと同様、プルーストにおいても、出来事の継起と時間の持続の中でその順序を失効させてしまう芸術の手法、言い換えれば、「異なった日付のさまざまな出来事や小さな事件を現在という時間のなかに呼び出し混合する」芸術の手法を見出すことができる。事実、プルースト自身が、出来事の前後関係について、断固たる見解を表明している。

小説はさまざまな事象を映画のように展開するものでなければならないと考える人がいる。この考えは馬鹿げている。この映画的観点は、現実世界でわれわれが認知するものとまったく無縁である。

レヴィ=ストロースによれば、プルーストのこの見解は単なる哲学的判断や審美的判断に基づくものではけっしてなく、むしろ彼の創作技法から直接に導き出された信条である。

周知のように『失われた時を求めて』は異なった状況、異なった時期に書かれた草稿群から構成されている。この作品を書き始めた最初の頃、プルーストにとって重要なことは、それらを満足できる“本当の”順序に整理することだった。

ところが、作品全体の執筆が進むにつれて、その課題を忠実に成し遂げることはますます困難になっていった。そうした作業は、常に「残りもの」を相手にしなければならず、全体の構成の不均質が露呈するようになったからである。

最終稿『見出された時』の終わりで、プルーストは、自分の仕事を、あらかじめ一定の形に裁断された布地を使ってドレスを縫い上げる針子の作業になぞらえている。〔…〕それと同じように、作品を書くときに彼が行なっているのは接合であって、たくさんの断章を互いにつなぎ合わせるのである。

小説内の「時間」に関するプルーストの例の断固たる見解は、以上のモンタージュ的・コラージュ的な彼の創作技法セットで理解した方がよい。《作品が何を描いているか》は《その作品がどのようにして描かれたか》を理解することを通じて、それと共に、規定されるからである。

 

そして、この技法は、作品を二重の仕方で分節し、一方において「事項」であるものが他方においては「機能」であるような仕方で入れ子状に関係する二つのシステム(=第一次的作品)と、それらを高次元で統合するもう一つのシステム(=第二次的作品)を構成する。

つまり、プルーストにおいては、第一次分節の単位自体がすでに文学作品であり、次いでそれらが適当に組み合わされ、配列されて、さらに高次の文学作品を生み出す、という点において。これは、構想や草稿から最終稿を仕上げるという手法とは異なっている。それとは違って、〔作品全体の〕モザイク模様を形づくるひとつひとつの小品は、それ自体がまとまりをもつものとして存続し、その個別性を保持しているのである。

                 

                           ◆

                       

以上に見たように、レヴィ=ストロースは、本書の第一章『プッサンを見ながら』において、プッサンの絵画とプルーストの小説を、「二重分節」という言語学の術語を用いて記述することに成功した。こうして、絵画と小説は、ある統一的で明確な視座、すなわち言語学的な視座の下に統合される。そして、本書のタイトルは、『みる きく よむ』[Regarder ecouter lire]である以上、絵画(を見ること)と小説(を読むこと)と同じように、音楽(を聴くこと)もまた、言語学的な視座のもとに語られることが当然のごとく期待される。ところが、読者は、老いたレヴィ=ストロースの眼差しが音楽に注がれるや否や、論考全体の統一的な構成の進行を妨げる最初にして最大の障碍に直面することになる。本書において、音楽は、絵画と小説と同じようには決して取り扱われないのである。 

本書のどこを探しても、音楽を二重分節の観点から分析するレヴィ=ストロースの姿は見当たらない。これは構成上、重大な損傷であると言わざるをえない。一般的に言って、ある部分が論考の構成に帰属しているかどうか、適切に配置されているかどうかの決定は、事柄の理解がその都度どの程度まで達成されるか、ということに懸かっている。逆に言えば、ある事柄が適切に配置されていない場合、それは、その事柄の理解が十分には深められていないと判断してかまわない。 

そして、本書の場合、このことは、とりわけ音楽を巡る考察について当てはまるのである。実際、レヴィ=ストロースは、ディドロやルソーの音楽理論をあれこれ参照しながら音楽の本質を捉えようとするのだが、どの考察も結局は尻切れトンボに終わっている。著者がボケているからではない。著者自身もよくわかっていないからそうなるのである。レヴィ=ストロースにとって、音楽を聴くことは、見ることと読むこと、感性的なものと知性的なものの「中間」にある捉えがたい何かである。それは「二つのあいだにあるもの」である。事柄そのものの暗さゆえに、音楽を巡るレヴィ=ストロースの思考は、つねに感覚と知識の両極のあいだを揺れ動き、ふらふらとよろめきながらシャバノンの音楽理論、挙げ句の果てには無文字社会における装飾芸術にまで遡っていく。いくつかのヒントは断片的に語られるものの、構成は損傷したままで放置され、明瞭さを欠いている。芸術を巡って展開する彼の言葉は、音楽を前にして停止する。なぜそうなるのか?著者の心肺が停止する前に結論から先に言えば、音楽は、二重分節・ブリコラージュ・連辞/範列といった彼が自家薬籠中のものとする言語学記号学の諸概念を用いてることでは、けっして捉えることができないものだからである。なぜか。 

全ての音は、音韻と音響という二つの情報から成り立っていると仮定してみよう。言葉に喩えると、話者がしゃべっている内容が音韻で、しゃべっている人の声質やしゃべっている調子など、要するに「サウンドとしての響きの状態」が音響である。そのように考えた場合、言語学の術語を用いて、音楽を語ることはさほど難しいことではないように見える。だが、現実はそう甘くはない。ジャズミュージシャンの菊池成孔大谷能生は『憂鬱と官能を教えた学校』の中で、その困難について次のように語っている。

言語学に詳しい方いますか?これ、何となくシニフィアンとかシニフィエだとかサンタグムだとか言いたくなりそうな話ですが、言語学とか構造主義哲学なんかにおけるそういったタームと、ここで言う音楽上のそれをからめて統一的な考えを作る。っていう挑戦、なんかしたくなりますよね?(笑)。でもこれが伏魔殿というか鬼門というか、非常に実現が難しい。ということは過去の歴史が証明していまして、残念ながら成功しているな、という人は僕が知る限り、存在しません。言語学と音楽の間にはルビコンがあるみたいで、もちろんこれは僕にも荷が重い話ですから、この講義ではそこまでの深みに行きませんが、せめてヒントを提示することにはなって、皆さんのうちのどなたかが研究を続けていただけたりしたら素敵だな、という話なんですが、

言語学と音楽の間にはルビコンがある」。レヴィ=ストロースもその困難を十分すぎるほど承知している。

音楽じたいが人文科学の最後の謎となり、人文科学はそれに突き当たっているので、この謎が人文科学の進歩の鍵を握っているのである。-レヴィ=ストロース『生のものと火を通したもの』

レヴィ=ストロースにとって、音楽とは、生涯を通じて最大の謎だったのであり、それは本書においても例外なく当てはまる。だから、読者は、彼が絵画について語ったような饒舌を、音楽についても期待することはできない。さもなければ、きっと失望することになるだろう。レヴィ=ストロース自身もまた、私たちと同じように音楽についてはよく知ってはいなかったのだから、彼に対してあまり多くを望んではならないのである。

                                                                                                          

                              ◆

 

言葉と音楽の間には「ルビコン」があり、両者の間には差異がある。では、どこがどう異なっているのか?最後にその点を確認してこのエントリーを終えることにしたい。85歳にして無謀にも「ルビコン」を渡ろうとする老兵の考えを追ってみよう。

(1)言葉の場合

言語活動[ランガージュ]は、ニ度にわたって分節される。まず第一に、言葉は〈意味〉の単位である単語に分けられる(第一次分節)。次に、その単語は、〈弁別〉の単位であるアルファベットに分けられる(第二次分節)。これが言語学者の言う二重分節である。要するに、言語活動の慣用的規則の総体、すなわちソシュールの言うラング[言語]とは、そもそも二重分節を前提とするシステムなのだ。

(2)音楽の場合

ところが、それに対して、「音楽は単語を持たない」。確かに、音楽には楽音がある。これは言語学の最小単位である音素と同じように楽音もまた、それ自体としては意味を持たず、意味は楽音同士の組み合わせから生じる。だが、それらの楽音とフレーズ(楽句)とのあいだには、「何もない」。

レヴィ=ストロースに言わせれば、音楽は文は持つが単語は持たないのだから、「音楽には辞書などというものはない」。別の言い方をすれば、音楽は言語学者が言う第一次分節(単語)に相当するようなものを何も持っていない。したがって、音楽はラング[言語]のないランガージュ[言語活動]だということになる。

ところが、ルソーは逆に、音楽は単語を持つ、つまり、第一次分節に相当するものが音楽にもあると考えていた。

選ばれた単語の辞書が演説ではないのと同じで、正しい和音の集まりがそれだけで音楽作品になるわけではない。

これではまるで、和音は楽音の集まり(単語)であり、従って、音楽はラングのある言語活動であるかのようである。だから、レヴィ=ストロースはルソーに反対して次のように主張する。

しかし、和音は、〔…〕単語に対比できるようなものではない。誰よりもルソー自身が、音と和音をそれほど区別できるものでないことを知っている。ひとつひとつの音がそれ自身で、ひとつの和音なのである。

この人はいったい何が言いたいのか。レヴィ=ストロースの以上の言明は、《音楽は単語(第一次分節)を持たない》という命題から理解されるべきである。ルソーのように《音楽は単語(第一次分節)を持つ》と言ってしまうと、他の諸芸術と同様、音楽もまた二重分節構造を持つことになり、言語と音楽の杜撰な比較が可能になってしまう。これでは音楽の「謎」をとらえたことにはならない。レヴィ=ストロースの考えでは、あるシステムが二重に分節されていることを前提とするラングの概念は、音楽に対しては当てはまらない。同様に、ブリコラージュや範列/連辞のような概念も音楽に対しては使えない。なぜならこれらは全て、作品が二重の仕方で分節されていることを前提としたものだからだ。要するに、言語学の諸概念は、それが二重分節を前提とする限りは、音楽に対して使うことができない。ルソーとは反対に、レヴィ=ストロースは、音楽を分節言語とは相互にまったく異なる表現形式であると考えていた。本書で彼が、絵画や小説を作品については言語学の術語を用いて語るのに対し、音楽については絶対にそうしようとしないのはそのためである。

                    

                               ◆

 

レヴィ=ストロースは本書『みる・きく・よむ』(1993年)の刊行を最後に、著述活動を引退した。音楽が好きで、特にラモーとワーグナーの愛好者だった彼は、パリの自宅でオペラを観ながら余生を送ったという。本書を読むと、晩年の彼が、「言葉と音楽」という観点から、すべてを考え直そうとしていたことがよくわかって面白い。当時レヴィ=ストロースは85歳。もはやいつ死んでもおかしくない年齢であるにもかかわらず、彼は無謀にも一から仕切り直そうとしていたわけである。その意味で本書は、"晩年の集大成”みたいな書物とは程遠い精神によって書かれた書物だと言えるだろう。

著者は、音楽が言葉をではなく、言葉が音楽を模倣すると考えていたようである。「初メニ言葉アリキ」どころではない。音楽が言葉に先行するのである。著者はその根拠を18世紀の理論家シャバノンのテキストに求めている。

シャバノンの音楽理論は、彼の言語理論〔…〕よりもずっと先進的なものだった。近代の言語学的諸概念は、こう考えてくれば、音楽に関する反省的思考から形を取り始めたのであって、言語に関するそれが出発点ではない。その意味で、思想史的にみれば、「楽音学」が音韻学に先立ち、それを予告していた。この時間差は、音楽において、語のレベルに対応する分節次元が欠如していることから生じた時間差と無縁ではない。

 音楽が言葉を模倣するのではなくて、言葉の方が音楽を模倣する。逆ではない。もしそうだとすれば、音楽にまつわる本書の言葉は現役を退いた老人の世迷い事ではけっしてなく、むしろ、《悲劇(=詩)は音楽の精神から誕生した》と主張する『悲劇の誕生』の頃のニーチェ(当時27歳)の言葉と呼応するのではないか。そんなことを考えながら、『みる きく よむ』を図書館に返却した。

ランプの光が日の光によって消されるように、文明などというものは音楽によって消されてしまう。(リヒャルト・ワーグナー

 

みる きく よむ

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*1:クロード・レヴィ=ストロースは幼い頃から浮世絵に対して愛着を持っていた。画家であり日本の浮世絵の蒐集家でもあった彼の父(レイモン・レヴィ=ストロース)は、少年レヴィ=ストロースが学校で良い成績を取るたびにコレクションの一部をご褒美として与えていたと言う。詳細はレヴィ=ストロース『月の裏側(日本文化への視角)』の序文を参照。

父が描いたクロード・レヴィ=ストロース(当時4歳)

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*2:思うに、高名な『神奈川沖浪裏』にも同じことが言えるのではないか。⑴荒れ狂う大波にのまれそうな輸送船を同じ海上にいながら眺めるという現実にはあり得ない視点で描かれていること。⑵富士山の稜線を実際よりも険しく描くなど、北斎が対象を正確に模写することよりも各パーツの幾何学的な配置を優先させていること。⑶大波と揺れ動く輸送船の縦のスケールに約30%の差があること。⑷同作には、『神奈川沖本杢之図』や『おしおくり はとう つうせんのづ』など試作品らしきものが複数残されていること。…などはおそらくその傍証となるだろう。

神奈川沖浪裏(1821〜1935年)

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神奈川沖本杢之図(1803年)

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おしおくり はとう つうせんのづ(1805年)

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*3:記号のシニフィアンを〈意味〉単位(つまり単語)に分けるのが第一次分節。次に〈意味〉単位を〈弁別〉単位(つまリアルファベット)に分けるのが第二次分節。このように言語活動がニ度にわたって分節するのが二重分節である。

*4:∝波の伊八の彫刻

*5:「歴史の真実は神話のなかにあるのであって、その逆ではない。」(レヴィ=ストロース

*6:連辞/範列[symtage/paradigme]。例えば、Le mulet transporte du bois[らばは材木を運ぶ]という文があるとき、Le,mulet,transporte,du,boisという各語がそれぞれ継起軸にそって連鎖する顕在的関係を連辞の関係と呼ぶ。また、mulet[らば]という語は、ane[ろば]/cheval[馬]/beuf[牛]などとの対立の中から選ばれてきたものであるが、こうした文にあらわれていない同系列の語との潜在的な関係を範列の関係と呼ぶ。

*7:有標/無標。範列を形づくる二項のうち特殊な指標によって特徴づけられている方が有標、他の中立的な項は無標となる。この場合、右側の「悪い」母親は有標で「本当の」母親は無標。