学者たちを駁して

人文書中心の読書感想文

生きる速度/宇野維正『小沢健二の帰還』の感想

いつの日か多くを告げねばならぬ者は、多くを内に秘めて沈黙する。
いつの日か稲妻を発しなければならない者は、長いあいだ ― でなければならない。
ニーチェ*1

小沢健二の帰還

小沢健二の帰還

小沢健二の帰還』は小沢健二が「雲」として私たちの頭上を漂っていた“空白期”の活動に焦点を当てて書かれた本だ。『春にして君を想う』を遺して突如公の場から姿を消した1998年から『流動体について』を携えてフジロックで帰還する2017年までの19年もの間、彼は一体どこで何をしていたのだろうか?人の人生で面白いのは、そこに含まれた空自の数々、ある種の欠落部分であり、何年にも及ぶカタレプシー*2のようなものなら大抵の人の生涯にも含まれている。

ー このあいだ「さよならなんて云えないよ」の宣材のプロフィールを見たんですけど、『犬キャラ』が消えていたんですよ。
荒川 そうなんですか!ついに!
ー 驚きましたね。まず、東大卒業からはじまるんですよ。もちろんフリッパーズ・ギターなんて出てこないし、いきなり小泉今日子とCMで共演。そのあと「今夜はブギーバック」になるんですよ。『犬キャラ』のことは一言も触れていない。どんどん過去が消えていく人なんですよ。
-『前略・小沢健二様』P97

『前略・小沢健二様』でも繰り返し指摘されているように、小沢健二には、自らの〈過去〉を消去して〈現在〉を加速度的に上書きしていく記憶喪失者としての一面がある。おそらく本人によっていずれは“無かったこと”にされるであろう過去(=下書き)とは一体どういうものだったのだろうか?そういうゲスな好機心を抱きながら何となく本書を手に取ったのだが、この本が伝える「小沢健二の空白期」は当初期待していたものとはぜんぜん違っていた。

ニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオで1999年に録音されたMarvin Gayeの『Got To Give It Up』のカバー。ヒップホップの揺らぐビートの洗礼を受けた同時代のR&Bに共鳴するかのようにブラックミュージックのビート・プログラミングを導入した2002年の異色作『Ecletic』(折衷)。2005年に開始され中南米やアフリカやアジアの国々*3で放浪者(=Vagavond)として生活していた時期の様子を伝える童話連載『うさぎ!』。首都としての東京ではなく、ローカルな場所としての東京、世界の中の一地方都市としての東京について歌った2012年の「東京の街が奏でる」公演…。

途切れ途切れには知っていた“空白期”の活動を本書を通じて改めてまとまった形で辿り直してみると、その内実は“空白”どころかこちらの予想のはるか斜め上を行く多彩で濃密なものだった。2017年はテレビにラジオ、新聞ネット等のさまざまな媒体で小沢健二の言葉を耳にした一年だったが、そんな充実した今の活動も本書で「空白期」と表現される足かけ19年にも及ぶ試行錯誤を土台にしたものであることがよくわかる。小沢健二は長きに渡るそんな試行錯誤の日々を「生きる速度」という短い言葉で説明している。

小沢 「えーと、人それぞれ、生きるペースってあるじゃないですか。」
うさぎ 「生きるペース。ふむふむ。」
小沢 「別の言い方をすると、みんな生きるうえで問題に直面した時には、それを解こうとするのだけど、人によって問題を解くのにかかる時間は違うし、問題そのものも違う、と言うか」
うさぎ 「わかるような、わからないような」
小沢 「ほら、学校のテストとかだと、同じ問題が配られて、同じ時間内で答えるわけだけど…」
うさぎ 「あー、学校じゃなくて日常生活では、みんなそれぞれ違う問題にぶち当たって、それぞれのやり方でその問題を解いてく、と」
小沢 「そうそう。子どもも大人も、よく見ると、それぞれの人が直面している問題とか、引きずってる問題とかは、一人一人全然違って。そのそれぞれ違う問題を、それぞれ違うペースで、違う文法で解こうとしたり、やめたり、また解こうとしたり、色々あるわけで」
うさぎ 「なるほど」
小沢 「ともかく、誰かが十年くらいかけて何かを問題を解いたとして、その問題は、他の誰かは一か月とか一年で解く問題なのかもしれない。あるいは他の誰かは一生解かない問題なのかもしれない。そういう風に、本当はみんなに、いろんな生き方とか、生きる速度があるわけで。もちろん、「周りに合わせて」みたいな圧力がかかるし、それはそれで良い面もあるけれど、無理に合わせると、ひどいゆがみが出たりする」
-「小沢健二に聞く」『ひふみよ』2010年1月19日更新

小沢健二が一体どんな問題を解こうとしていたのかは分らないし分かる必要もない。人はそれぞれ引きずっている問題が違うのだから。ただ、彼が不意に発した「生きる速度」の一語に触発されて、10年もの空白をかかえてパリの街に帰還した主人公が過去(=下書き)と向き合う覚悟を決めるフィッツジェラルドの傑作短編『バビロンに帰る』を新年早々読み返した。2018年も自分なりのペースでブログを更新していこうと思う。

*1:1883年にニーチェが『曙光』の或る献呈本に書き記した詩

*2:ストア派の把握的表象の理論については神崎繁『西洋哲学史2』収録の近藤智彦「ヘレニズム哲学」を参照。

*3:ペルー、ベネズエラボリビア、日本、ラオス、ネパール、メキシコ、バングラディシュ、レソト王国、ヨルダン、エチオピア南アフリカ…etc。