学者たちを駁して

人文書中心の読書感想文

『かわいいウルフ』に寄稿しました。

かわいいウルフ』という本に短い文章を寄せました。
タイトルは『「青と緑」を読んで 〜 ウルフの物質的想像力』です。

本書はヴァージニア・ウルフというイギリスの作家を特集した同人誌で、イラストがたくさん入った全部で160ページの立派な雑誌に仕上がってます。明日5/6からは文学フリマでも販売が始まり、ネット通販や全国各地の書店・喫茶店でも手に入れることができるそうです。
詳細は↓をご確認ください。

woolf.ofuton.in

ヴァージニア・ウルフと聞くと、"フェミニストレズビアン自由間接話法を駆使して「意識の流れ*1」を表現するための内的モノローグの文体を開発して入水自殺を遂げた他を寄せ付けない孤高の大作家"みたいな手強いイメージがありますが、この本はそういう一般的なイメージはいったん脇に置いた上で、〈かわいい〉という視点から彼女の作品にアプローチした内容になっています。その結果、

本書の内容はエッセイ、インタビュー、テキスト分析、音楽、料理、創作、翻訳、まんが、イラストと、多岐にわたるものになりました。ウルフの作品を愛読する人から、全く知らない人まで。文芸を愛する、読者の皆様に届きますように。

そんな本書をざっと通読してみて興味を惹かれたのは、以下の5つの記事です。

①おままごとをするウルフ

編者による『ダロウェイ夫人』の20世紀初頭のロンドンの描写についてフォーカスした記事です。「まるでウルフが、ミニチュアのロンドンの中で、人物たちを思い思いに動かして遊んでいるみたい」な描写を〈かわいい〉という観点から『おままごとをするウルフ』と形容しています。

ウルフが「ロンドンという街そのものを描写しようとしている」という指摘を読んでいてふと思い出したのが、ドゥルーズ+ガタリの『哲学とは何か』の被知覚態を論じた一節*2です。そう言えば、彼らもまた『ダロウェイ夫人』の凄いところはロンドンという街そのものが主人公になっているところだと語っていました。

形態素解析でみるヴァージニア・ウルフの文章

作品ごとの頻出単語や作品内の人間関係をワードクラウドや共起ネットワーク図を用いて視覚的に表現することを試みた記事です。leafやtree、flowerのような自然界の物質を指す単語の登場頻度がしだいに増加していったことは定量的にも確認できるようです。短篇『青と緑』に登場する単語が他の作品内でどのように分布しているのかも気になるところ。

③〈わがまま〉の中にある普遍性ー西崎憲インタビュー

『ダロウェイ夫人』のような長篇ではなく、あくまで短篇小説の作家、『青と緑』のようなマイナー・ポエットの作家としてのウルフに光を当てたインタビュー記事です。個人的な楽しみ[sef enjoyment]の方が大事だよね、小説なんだから私的なことを書いてもいい、わからなくてもいい、自由気ままにやりたい放題書いてもいいんだというウルフの創作態度にはとっても好感が持てます。いかにも詩を書きそうなウルフが生涯なぜか詩を一篇も書き残さなかったという興味深い指摘もありますが、この点については、拙稿『ウルフの物質的想像力』の内容とも関係しているように思います。

④月曜日あるいは火曜日ー三回言ってみようか

映画『ブレードランナー2049』のパロディ作品です。「真実?」「真実」のリフレインが妙に頭にこびりついてしまい、思わず二度読みしました。

⑤井戸、三葉虫、妹

小説家の水原涼さんによる『書かれなかった長編小説』へのオマージュ作品です。父親にしがみつきながら井戸の中に落下していく妹の描写を昨日の真夜中に読んでいて、寝付けなくなってしまいました。

映画『オルランド』のボリウッドリメイクを妄想する

インドの近現代史ボリウッド映画について貴重な知見を得ることができる内容の濃い記事です。

余談だが、ディスコ音楽には欠かせないバスドラムハイハット(シンバル)はトルコの軍楽隊に起源を持つ。

みたいな情報を大量に浴びたせいで、ただでさえ役に立たない知識でパンパンだった頭がもうすぐ破裂しそうになってます。もうお腹いっぱいです。

内容の紹介は以上です。

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その他お料理のレシピがあったり、マンガが載ってたりと盛りだくさんの内容が詰まった楽しい本になってますので、本屋さんで見かけたらぜひ手に取ってみてください。どうぞよろしくお願いします。

関連リンク

ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ちくま文庫)

ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ちくま文庫)

*1:「意識というものは、断片的に細切れで現れるものではない、意識が最初の段階において現れる様を描写するには「鎖」とか「連結」という言葉ではしっくりこない。意識はつながれているのではない。流れているのだ。それを記述する最も自然な比喩は「川」や「流れ」である。今後意識のことを語る際には、これをもしくは意識の流れ、あるいは主観的生の流れと呼ぶことにしよう。」- ウィリアム・ジェイムズ『心理学』 意識の流れという概念は、ヴァ-ジニア・ウルフやジェイムズ・ジョイスのようなイギリスの小説家たちだけでなく、フッサール現象学における「地平」の概念の成立にも影響を与えている。

*2:「小説はしばしば被知覚態〔ペルセプト〕に達している。例えばハーディにおける、荒野の知覚ではなく、被知覚態としての荒野。メルヴィルの海洋の被知覚態。ヴァージニア・ウルフにおける都市の被知覚態、あるいは鏡の被知覚態。風景が見るのだ。一般的に言って、作家が或る日の時間を、或る瞬間の温度を、それ自体において保存するそれらの感覚存在(たとえば、フォークナーの丘、トルストイステップ地帯、あるいはチェーホフのそれ)を創造することができなかったとするなら、どうして彼は偉大な作家と言われえようか。被知覚態、それは、人間の不在における人間以前の風景である。」 -ドゥルーズ+ガタリ『哲学とは何か』P283

小林昭文『アクティブラーニング入門2』

 

アクティブラーニング入門2〔DVD付〕

アクティブラーニング入門2〔DVD付〕

 

 仕事でセミナーの講師を務めることが増えてきたので手に取った本。高三の頃にマルクスを読んで安保闘争のデモに参加し、火炎瓶を投げて浪人した上に、大学に入ってからも(空手にハマって)三年留年したという、ある意味よくある経歴の持ち主が書いた本のせいか、平易な文章の中に「唯物論弁証法」とか「量質転化」みたいなマルクス主義の述語が唐突に出てきてギョッとする(2017年発行の本です)。

 本書の特徴は、かつての学校の授業のような先生から生徒への一方通行型の講義ではなく、対話[dialog]を重視した講義に焦点を当てた点にある。

私は「対話」はダイアローグ[dialog]の訳語と理解しています。この言葉に人数のニュアンスは含まれていません。その簡単な意味は「一人ではたどりつけないアイデアや結論にたどり着くプロセス(多田孝志)」です。

 「対話的な学び」を促進するために、問題を「一人では解けないしくみ」をあえて作ることさえしているらしい。

 対話や弁証法を重視したアプローチとしてまず第一に思い浮かぶのはカウンセリングやコーチングの技法だが、カウンセリングはあくまで先生と生徒、医師と患者のような「一対一」の関係を前提とした対人関係技法である。それに対して、セミナーの講師は「一対多」が基本だから、カウンセリングの諸技法を杓子定規に講義で実践しようとするとどうしても支障が出てきてしまう。

 そこで、著者が注目するのが、構成的グループエンカウンター*1、非構成的グループ、Tグループ*2、MLT*3GWT*4といったグループダイナミクスの諸技法だ。中でも特に、レグ・レバンスが発明し、ワシントン大学のマーコード教授が体系化したマーコード方式のアクションラーニングセッション(ALセッション)が本書の特権的な参照項となっている。

 ALセッションの特徴は、セミナーの参加者全体に《質問で介入する》ことで「対話的な学び」を促進することにある。質問自体はパターン化され、介入のタイミングさえもパターン化されている(「定例介入」という)。詳細は本書にゆずるが、この点に関する本書の実践的な記述は、セミナー参加者全体に対して質問を投げかけることで参加者を巻き込んでいくタイプのセミナー、講義の最中に参加者からの質問が飛び交うようなコール&レスポンス型のセミナーを目指していく上で大いに参考になった。

*1:SGE

*2:感受性訓練、ST訓練

*3:マイクロ・ラボラトリー・トレーニン

*4:グループワークトレーニン

2018年を振り返る(音楽篇)

まとめ

2018年を振り返ると、春はアメリカのラップとRyheの新譜、夏はフジロックの出演アーティストの新旧譜、秋から年末にかけては10年代のシティ・ソウルの旧譜ばかり聴いていた。

ラップでよく聴いたのは、Gold LinkとYoung Thug。Rhyeの来日公演はあい変わらず素晴らしかった。

フジロックはそこそこ天候にも恵まれ、ホワイトステージのユニコーンと、不覚にも事前に全然チェックせずにグリーンステージ後方で居眠りしながら観たAnderson .Paakが特に良かった。サカナクションも会場全体が盆踊り会場みたいになり楽しめた。

シティ・ソウルについては2017年に引き続き荒木町REVOでラム酒を飲みながら70〜80年代のアナログを、同時並行で『シティ・ソウル ディスクガイド』をチェックしながら10年代のものをSpotifyで遡って聴いていた。

シティ・ソウルは、シティ・ポップと違ってまだハッキリとした定義はないけれども、何か共通の文法、共通のテイストらしきものが有るには有る。
範例として

「いきなり1曲あげてしまうと、ど真ん中は、マーヴィン・ゲイの"What's Going on"ですかね。[…]あれくらいのBPM、16ビート・ミディアムでメロウな和声と適度なループ感。(冨田ラボ)」
- 『シティ・ソウル ディスクガイド』P7

それに加えて冨田ラボは、音の質感や演奏内容・アレンジ等に80年代的手法を導入することで「メロディ=輪郭線」を強調する点をシティ・ソウルの特徴として挙げている*1

今年聴いたアルバムの中で特に印象に残ったものをあえて3枚挙げるとすれば↓のような感じになる。

The Internet - Feel Good

open.spotify.com

Gold link - At What Cost

open.spotify.com

Rhye - Blood

open.spotify.com

他方で曲単位のベスト10は以下の通り。

Best Songs 2018
No. アーティスト名 曲名
1 Lil Uzi Vert The Way Life Goes (feat. Nicki Minaj & Oh Wonder) - Remix
2 Young Thug For Y'all (feat. Jacquees)
3 ぼくのりりっくぼうよみ つきとさなぎ
4 Hare Squead Herside Story
5 SZA The Weekend - Funk Wav Remix
6 The Cool Kids 9:15PM
7 Redemption (with Babes Wodumo) Zacari
8 Michael Jackson Love Never Felt so Good
9 Cornelius Passionfruit - Recorded at Spotify Studios NYC
10 Bleu Toucan Matin a Toucanopolis

2018年は全体として少し前に発売されたアルバムを後追いで聴いていたせいか新譜まで手が回らなかった。
今年は《同時であれ!》*2をモットーに新譜を聴く比率を意識的に増やしていきたいと思う。

2018年に聴いたアルバム(全81枚)
アーティスト名 タイトル
Sir Rosevelt Sir Rosevelt
Sly5thAve The Invisible Man: An Orchestral Tribute To Dr. Dre
iri Groove it
Kendrick Lamar To Pimp A Butterfly
Nicolas Jaar Sirens
Train a girl a bottle a boat
GoldLink At What Cost
Young Thug Beautiful Thugger Girls
Future FUTURE
Phoebe Bridgers Stranger in the Alps
J Rocc Beats on Tap(e)
Donny Hathaway Live
坂本慎太郎 できれば愛を
Jlin Black Origami
Hundred Waters Communicating
NxWorries Yes Lawd!
Xavier Boyer Some/Any/New
一十三十一 Ecstasy
Nightmares On Wax Smokers Delight
民謡クルセイダーズ エコーズ・オブ・ジャパン
Liam Gallagher As You Were
Talib Kweli Radio Silence
marucoporoporo In her dream
Rhye Blood
V.A. The Air in the Room
Hercules & Love Affair Omnion
Noname Telefone
伊集院幸希 New Vintage SOUL ~終わりのない詩の旅路~
JMSN Whatever Makes U Happy
YEN TOWN BAND MONTAGE (REMASTERED 2015)
V.A. 特選 夜の番外地 - ディスコ歌謡~アウトサイダー歌謡
ちゃんみな 未成年
Starchild & The New Romantic Language
Everything Is Recorded Everything Is Recorded by Richard Russell
Belle & Sebastian How To Solve Our Human Problems (Parts 1-3)
Young Fathers Cocoa Sugar
Dirty Projectors Dirty Projectors
iri Juice
Albert Hammond, Jr. Francis Trouble
Marvin Gaye Marvin Is 60: A Tribute Album
Nulbarich H.O.T
Janelle Monae Dirty Computer
Sunny Day Service the CITY
Kanye West ye
Bosq Love and Resistance
Kali Uchis Isolation
ミツメ eye
N.E.R.D Fly Or Die
serpentwithfeet soil
serpentwithfeet blisters
N.E.R.D The Best Of
Suchmos THE ASHTRAY
Suchmos THE BAY
CHVRCHES Love Is Dead
サカナクション 魚図鑑
Young Thug Slime Language
Gorillaz The Now Now
KIDS SEE GHOSTS KIDS SEE GHOSTS
Meshell Ndegeocello Ventriloquism
Anderson .Paak Venice
cero Obscure Ride
Marvin Gaye I Want You
HONNE Love Me / Love Me Not
Tennyson Uh Oh!
Mocky Saskamodie
cero POLY LIFE MULTI SOUL
Rejjie Snow Dear Annie
Mocky Music Save Me (One More Time)
Mocky Key Change
The Internet Hive Mind
The Internet Feel Good
FKJ French Kiwi Juice
Young Gun Silver Fox AM Waves
Twenty One Pilots Trench
Social Lovers Enjoy the Ride
Anderson .Paak Oxnard
PAELLAS D.R.E.A.M.
PAELLAS Yours
堀込康行 What A Wonderful World
Chilly Gonzales Other People's Pieces
Joey Dosik Inside Voice

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参考

シティ・ソウル ディスクガイド シティ・ポップと楽しむ、ソウル、AOR & ブルー・アイド・ソウル

シティ・ソウル ディスクガイド シティ・ポップと楽しむ、ソウル、AOR & ブルー・アイド・ソウル

ピアノを弾く哲学者 サルトル、ニーチェ、バルト (atプラス叢書)

ピアノを弾く哲学者 サルトル、ニーチェ、バルト (atプラス叢書)

関連記事

*1:この点については、日本のオタク文化アメリカの黒人文化の強シンクロ・強輪郭線・強旋律的な側面を論じた菊地成孔の『アフロディズニー』の第6回『黒人=オタク説』以下の記述との関連も興味深い。

*2:サルトルによれば、媒介は常に惰性と他有化への逆戻りという結果を招く。議会、政党、権限委譲などは物事の動きを止めてしまう。その逆に、思考と同時であること、出来事と同時であること、集団の意志と同時であることが、サルトルを導く地平となる。政治上、サルトルは知識人として世界の出来事と同時であろうとし、あらゆる政治の前線に身を置こうとした。そのためには、状況の変化に伴う失敗など問題ではなかった。真実は変わる。真実もまた生成するものである。だとすれば、共犯的傍観者にとどまるよりは流れに身を投じたほうがいい。止まってはいけない。体現すること。歴史の時間が自分を貫くに任せること。同時であれ!」 - フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』

Rhye Live 2018.05.18 @Zepp DiverCity メモ

open.spotify.com

19:30開演、21:25終演の全110分で、会場はお台場のZepp DiverCity。レコードでは53分の録音時間だった全14曲 を約2時間かけてじっくりと演奏。全曲ライブ仕様のアレンジが施されているせいか、一聴して何の曲か判別できない曲も数曲あった。編成は、ボーカル&パーカッション(マイク・ミロシュ)、キーボード、ドラム、ベース、ギター、チェロ&トロンボーン、ヴァイオリンの7人編成。去年のフジロックと比べて緩急自在の演奏に進化している。音響も良かった。ミロシュは初めて観た頃より太った気もした。

セットリスト

曲順 タイトル アルバム名
1 3days 『Woman』
2 Please 『Blood』
3 The Fall 『BWoman』
4 Mager Miner Love 『Woman』
5 Softly 『Blood』
6 Last Dance 『Woman』
7 Waste 『Blood』
8 Count To Five 『Blood』
9 Phoenix 『Blood』
10 Taste 『Blood』
11 Stay Safe 『Blood』
12 Open 『Woman』
13 Hunger 『Woman』
14 Song For You 『Blood』

メモ

1.3Days

ローズっぽい音色のキーボードソロへと展開し、奇妙な音で爆走して終焉。唖然。

2 .Please

ドラムが手拍子で観客を煽ってくる。徐々に会場が熱気を帯びてくる。

3 .The Fall

前作『Woman』からの名曲投入で序盤の盛り上がり。良い。 揺れながら踊り始める観客も出てくる。

フジロック入れて東京はこれで3回目」という短いMCを挟んで4曲目へ。

4.Mager Miner Love

再び手拍子。ヴァイオリンのソロからギターのフィードバックノイズへ。このタイプの展開はこれ以後も何度かあった。

5 .Softly
6 .Last Dance

Trippin Outのベースラインが印象的な曲。トロンボーンが鳴り響いてからのアレンジはもはや全く別の曲。

7 .Waste

『Blood』の1曲目。浮遊感のある演奏で夢見心地の気分に。ミロシュの歌唱法は、トム・ヨークを思わせる。

8. Count To Five

猛々しいライブ仕様に仕上がっていた。

9 .Phoenix
10.Taste

ドラムが変幻自在にテンポを変えていた。ギター凄い。

「次はどの曲がいいか?」というMCを挟んで11曲目へ。

11.Stay Safe

アレンジが効いてるせいか、演奏がスタートした当初は何の曲かわからなかった。

12.Open

ヴァイオリンから入り、ドラムをフューチャーした後は次の曲が始まったかと思うような展開に。

「残り二曲」のMCを挟んで13曲目へ。

13.Hunger

レコードよりさらにディスコっぽいアレンジに仕上がっていた。トロンボーンの女性がすごく良い。

14.Song For You

バック演奏がフェイドアウトしてミロシュのアカペラパートに移行し、静かなコールアンドレスポンスで終演。アンコールなし。

参考

Blood

Blood

Woman

Woman

過去記事

rodori.hatenablog.com

f:id:rodori:20180123170555j:plain

生きる速度/宇野維正『小沢健二の帰還』の感想

いつの日か多くを告げねばならぬ者は、多くを内に秘めて沈黙する。
いつの日か稲妻を発しなければならない者は、長いあいだ ― でなければならない。
ニーチェ*1

小沢健二の帰還

小沢健二の帰還

小沢健二の帰還』は小沢健二が「雲」として私たちの頭上を漂っていた“空白期”の活動に焦点を当てて書かれた本だ。『春にして君を想う』を遺して突如公の場から姿を消した1998年から『流動体について』を携えてフジロックで帰還する2017年までの19年もの間、彼は一体どこで何をしていたのだろうか?人の人生で面白いのは、そこに含まれた空自の数々、ある種の欠落部分であり、何年にも及ぶカタレプシー*2のようなものなら大抵の人の生涯にも含まれている。

ー このあいだ「さよならなんて云えないよ」の宣材のプロフィールを見たんですけど、『犬キャラ』が消えていたんですよ。
荒川 そうなんですか!ついに!
ー 驚きましたね。まず、東大卒業からはじまるんですよ。もちろんフリッパーズ・ギターなんて出てこないし、いきなり小泉今日子とCMで共演。そのあと「今夜はブギーバック」になるんですよ。『犬キャラ』のことは一言も触れていない。どんどん過去が消えていく人なんですよ。
-『前略・小沢健二様』P97

『前略・小沢健二様』でも繰り返し指摘されているように、小沢健二には、自らの〈過去〉を消去して〈現在〉を加速度的に上書きしていく記憶喪失者としての一面がある。おそらく本人によっていずれは“無かったこと”にされるであろう過去(=下書き)とは一体どういうものだったのだろうか?そういうゲスな好機心を抱きながら何となく本書を手に取ったのだが、この本が伝える「小沢健二の空白期」は当初期待していたものとはぜんぜん違っていた。

ニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオで1999年に録音されたMarvin Gayeの『Got To Give It Up』のカバー。ヒップホップの揺らぐビートの洗礼を受けた同時代のR&Bに共鳴するかのようにブラックミュージックのビート・プログラミングを導入した2002年の異色作『Ecletic』(折衷)。2005年に開始され中南米やアフリカやアジアの国々*3で放浪者(=Vagavond)として生活していた時期の様子を伝える童話連載『うさぎ!』。首都としての東京ではなく、ローカルな場所としての東京、世界の中の一地方都市としての東京について歌った2012年の「東京の街が奏でる」公演…。

途切れ途切れには知っていた“空白期”の活動を本書を通じて改めてまとまった形で辿り直してみると、その内実は“空白”どころかこちらの予想のはるか斜め上を行く多彩で濃密なものだった。2017年はテレビにラジオ、新聞ネット等のさまざまな媒体で小沢健二の言葉を耳にした一年だったが、そんな充実した今の活動も本書で「空白期」と表現される足かけ19年にも及ぶ試行錯誤を土台にしたものであることがよくわかる。小沢健二は長きに渡るそんな試行錯誤の日々を「生きる速度」という短い言葉で説明している。

小沢 「えーと、人それぞれ、生きるペースってあるじゃないですか。」
うさぎ 「生きるペース。ふむふむ。」
小沢 「別の言い方をすると、みんな生きるうえで問題に直面した時には、それを解こうとするのだけど、人によって問題を解くのにかかる時間は違うし、問題そのものも違う、と言うか」
うさぎ 「わかるような、わからないような」
小沢 「ほら、学校のテストとかだと、同じ問題が配られて、同じ時間内で答えるわけだけど…」
うさぎ 「あー、学校じゃなくて日常生活では、みんなそれぞれ違う問題にぶち当たって、それぞれのやり方でその問題を解いてく、と」
小沢 「そうそう。子どもも大人も、よく見ると、それぞれの人が直面している問題とか、引きずってる問題とかは、一人一人全然違って。そのそれぞれ違う問題を、それぞれ違うペースで、違う文法で解こうとしたり、やめたり、また解こうとしたり、色々あるわけで」
うさぎ 「なるほど」
小沢 「ともかく、誰かが十年くらいかけて何かを問題を解いたとして、その問題は、他の誰かは一か月とか一年で解く問題なのかもしれない。あるいは他の誰かは一生解かない問題なのかもしれない。そういう風に、本当はみんなに、いろんな生き方とか、生きる速度があるわけで。もちろん、「周りに合わせて」みたいな圧力がかかるし、それはそれで良い面もあるけれど、無理に合わせると、ひどいゆがみが出たりする」
-「小沢健二に聞く」『ひふみよ』2010年1月19日更新

小沢健二が一体どんな問題を解こうとしていたのかは分らないし分かる必要もない。人はそれぞれ引きずっている問題が違うのだから。ただ、彼が不意に発した「生きる速度」の一語に触発されて、10年もの空白をかかえてパリの街に帰還した主人公が過去(=下書き)と向き合う覚悟を決めるフィッツジェラルドの傑作短編『バビロンに帰る』を新年早々読み返した。2018年も自分なりのペースでブログを更新していこうと思う。

*1:1883年にニーチェが『曙光』の或る献呈本に書き記した詩

*2:ストア派の把握的表象の理論については神崎繁『西洋哲学史2』収録の近藤智彦「ヘレニズム哲学」を参照。

*3:ペルー、ベネズエラボリビア、日本、ラオス、ネパール、メキシコ、バングラディシュ、レソト王国、ヨルダン、エチオピア南アフリカ…etc。

2017年を振り返る(音楽篇)

2017年に聴いた音楽を聴いた順番に並べてみた。

2017年に聴いた音楽
アーティスト名 タイトル
HYUKOH Panda Bear
HYUKOH 20 - EP
A Tribe Called Quest We got it from Here... Thank You 4 Your service
Brian Eno Reflection
CODE KUNST MUGGLES' MANSION
テヨン I - The 1st Mini Album - EP
長岡成貢 PURPLE
A Taste of Honey A Taste of Honey
Jah9 9
Lee Fields & The Expressions Special Night
相対性理論 TOWN AGE
THE BAMBOOS You Ain't No Good
でんぱ組.inc サクラあっぱれーしょん - EP
でんぱ組.inc WORLD WIDE DEMPA
でんぱ組.inc WWDD
Erykah Badu Baduizm
Anthony Hamilton Comin' From Where I'm From
あるぱちかぶと ◎≠
YungGucciMane JADE
Suchmos THE KIDS
Luedji Luna Um Corpo no Mundo
The xx I See You
John Legend Darkness and Light
Ed Sheeran +
Julie Byrne Not Even Happiness
Guts Paradise for All
Various Artists 加山雄三の新世界
Spoon Hot Thoughts
水曜日のカンパネラ SUPERMAN
Childish Gambino Awaken, My Love!
竜人25 DUET - EP
Parcels Overnight
Jamiroquai Automaton
Jose James Love In a Time of Madness
Sampha Process
空中カメラ Dr.KIDS LIFE
Thundercat Drunk
サニーデイ・サービス DANCE TO YOU
iri Watashi
Tuxedo Tuxedo II
Lukas Graham Lukas Graham
電気グルーヴ TROPICAL LOVE
Ed Sheeran ÷
Gorillaz Humanz
HYUKOH 23
SEEDA 花と雨
Dragon Ash MAJESTIC
左とん平 とん平のヘイ・ユウ・ブルース
かまやつひろし あゝ、わが良き友よ
Mary J Blige Strength of a Woman
辻井伸行 リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 / ラヴェル:夜のガスパール
キミドリ キミドリ
Alfred Beach Sandal + STUTS ABS+STUTS - EP
Calvin Harris Funk Wav Bounces Vol. 1
STUTS Pushin'
Train a girl a bottle a boat
Gorillaz Demon Days
Gorillaz Plastic Beach
水曜日のカンパネラ クロールと逆上がり
Cornelius FANTASMA
Curtis Mayfield Something to Believe In
Shunské G & The Peas PEAS OF MIND
Vibrazioni Productions Espressione Globale
Phoenix Ti Amo
Jamiroquai Dynamite
原田知世 音楽と私
Curtis Mayfield Curtis
小沢健二SEKAI NO OWARI フクロウの声が聞こえる
ちゃんみな CHOCOLATE
Lianne La Havas Blood
堀込泰行 エイリアンズ (Lovers Version)
のん エイリアンズ
堀込泰行 GOOD VIBRATIONS
Ida Nielsen Sometimes a Girl Needs Some Sugar Too
Common & John Legend Glory (From the Motion Picture "Selma")
Keith Sweat Dress to Impress
竜人25 WIFE
サニーデイ・サービス Popcorn Ballads
PUNPEE MODERN TIMES
Migos Culture
Ruby Francis Traffic Lights
山下達郎 REBORN
Weezer Pacific Daydream
Izzy Bizu A Moment of Madness
Ibeyi Ash
T-Groove Rollers Skate EP
N.E.R.D No One Ever Really Dies
Kendrick Lamar DAMN.

総括

全部で88枚。去年は39枚だったので倍近くの枚数を聴いたことになる。
2017年に一番聴いたアルバムは↓

Calvin Harris - Funk Wav Bounces Vol. 1

open.spotify.com

で、特にSlideRollinSkrt On Meの3曲は目覚まし時計に吹き込んでいたせいもあって、鳴ると即座にもう出勤時間だと勘違いして思わず体が身構えるぐらいには聴き込んだ。

聴取の媒体はこの一年で完全にストリーミングに移行した。Youtubeで音楽を聴くことはほぼ無くなった。ストリーミングサービスはこれまでずっとApple Musicを使っていたが、9月からはSpotifyをメインに切り替えた。今のところ両者を並行して使っているけれども、コストのことを考えるといずれはどちらかを切り捨てることになるだろう。

楽曲のアーカイブはAppleMusicの方が若干充実している*1のに対して、SpotifyはプレイリストやSNSの機能が優れている。個人的にはデータベースの充実度よりも未知の音楽との出逢いのチャンスを重視したいので、多分Spotifyの方を残すことになると思う。

とは言え、マンガと同じく音楽もまた、今年はランダム刺激に身を委ねたせいか、自分から積極的にまだ見ぬ音源を“狩り”に出かける機会はほとんど無かった。新譜の主要な情報源も結果的に以下の三つにほぼ限定されることになった。

今年の前半は『ミュージック・マガジン』の新譜欄を、5月から7月末にかけてはフジロックの出演アーティストの新譜を中心に聴いていた。2017年はフジロック*2清竜人25のラスト▽コンサートのような大規模な音楽イベントだけに留まらず、都内某所で行われたJanusz Olejniczakのコンサートやベヒシュタイン・サロンでの企画のような演者と観客の距離が近いアットホームなイベントにも参加できたのが良かった。

そして、荒木町のREVO*3には年間通じてノンジャンルで新旧の色んな良い曲を教えてもらい本当にお世話になった。そう言えば、2017年心のベストテン第1位は週末の深夜にカウンターの隅っこで酩酊しながらよくかけてもらったこの曲だった。

堀込泰行 - エイリアンズ(Lovers Version)

エイリアンズ(Lovers Version)

エイリアンズ(Lovers Version)

2018年も引き続き良い音楽が鳴っている場所に足を運ぶようにしたい。

過去記事

rodori.hatenablog.com

*1:SpotifyにはないCurtis Mayfiledや2017年に復活した小沢健二の楽曲がApple Musicにはアーカイヴされている。

*2:

*3:

2017年を振り返る(読書篇)

2017年に読んだ本28冊を読んだ順番に並べてみた。

2017年に読んだ本
著者 タイトル 評価
グレゴリー・ベイトソン 精神と自然 生きた世界の認識論 ★★★★☆
アルチュセール 不確定な唯物論のために ★★★☆☆
ベルクソン ベルクソン講義録Ⅲ 近代哲学史講義・霊魂論講義 ★★★★☆
アドルノ 三つのヘーゲル研究 ★★★★☆
蓮實重彦 「知」的放蕩論序説 ★★★☆☆
野坂昭如 新宿海溝 ★★☆☆☆
Various Writers 前略 小沢健二様 ★★☆☆☆
東浩紀 ゲンロン0 観光客の哲学 ★★★☆☆
國分功一郎 中動態の世界 ★★★★☆
千葉雅也 勉強の哲学 ★★★☆☆
ハイデガー アリストテレス「形而上学」第9巻1-3 ★★★★★
ハイデガー シェリング講義 ★★★★☆
ピーター・ブラウン 古代末期の世界 ★★★☆☆
ロラン・バルト ロラン・バルト講義集成2 〈中性〉について ★★★★★
ドッズ ギリシァ人と非理性 ★★★☆☆
堤清二三浦展 無印ニッポン ★★☆☆☆
アガンベン バートルビー ★★★★☆
読書猿 アイデア大全 ★★★★☆
フーコー 自己と他者の統治 講義 ★★★★☆
デリダ 友愛のポリティックス Ⅰ ★★★☆☆
カール・シュミット 政治的なものの概念 ★★★☆☆
神崎繁 内乱の政治哲学 ★★★★☆
串田純一 ハイデガーと生き物の問題 ★★☆☆☆
経産省若手プロジェクト 不安な個人、立ちすくむ国家 ★★★☆☆
カール・シュミット 政治神学再論 ★★★★☆
田中イデア ウケる!トーク術 ★☆☆☆☆
宇野維正 小沢健二の帰還 ★★★☆☆
武者英三監修 日本酒完全バイブル ★★★☆☆

総括

今年の前半はずいぶん前に読んだハイデガーの二つの講義とRBの『中性について』の講義の再読に殆どの時間を費やし、後半は政治哲学の本を読み進めることに時間を割いた。

そんな中、特に強く心を動かされた本をあえて3冊挙げるとすれば次の3冊になる。

読書猿『アイデア大全』

アイデア大全

アイデア大全

IBMのBPRデュルケムの宗教社会学を同一平面上で論じた書物など未だかつて有っただろうか。一見縁もゆかりもないように見える事柄同士を一つに結び合せるのが人文知の醍醐味であり、本書は端から端までそんな創意工夫[inventio]に満ち溢れている。現象学を媒介[medium]にしてジェンドリンの『フォーカシング』レヴィナスのタルムード弁証法の間の隠された連関を明らかにしたP34-35の記述はまさにその典型だろう。いつも傍に置いて道具箱として使い倒したい一冊。

神崎繁『内乱の政治哲学』

内乱の政治哲学 忘却と制圧

内乱の政治哲学 忘却と制圧

2016年10月16日に亡くなった『アリストテレス全集』の編纂者による遺稿集。ヘーゲルマルクスといった近代の哲学者たちが『アリストテレス知性論の系譜』をどのように消化したかを論じた「補論 アリストテレスの子供たち」が特に素晴らしかった。

ベルクソンの『霊魂論講義』やアガンベンの『バートルビー -偶然性について』、E・R・ドッズの『ギリシャ人と非理性』等とセットで読むことで古代から中世を経て現代にまで至る知性論の系譜の地下水脈を簡潔に辿り直すことができる良書だと思う。

フーコー『自己と他者の統治』

啓蒙とは何か』というカントの『批判』的問いかけの傍らで、政治と哲学、哲学と現実の関係について考え抜いた最晩年の講義録。今年の後半、政治哲学系の本を読み始めるきっかけになった本。

講義の題材として選ばれる古典は、

等々、僕のような初学者でも取っつきやすいものばかりだし、フーコーによるその解説も懇切丁寧で読み易い。6372円という法外な値段設定を度外視すればフーコーの入門書としても最適な本だと思う。

ところで、フーコーはこの講義の冒頭で、英米分析哲学とドイツのフランクフルト学派というカントの『批判』が基礎づけた「二つの偉大な伝統」について駆け足で整理した後、自分自身の「哲学的な選択」について明瞭に語っている。最後にその箇所を引用して2017年最後の更新を終えようと思う。

それでは皆様、よいお年を。

現在わたしたちが直面している哲学的な選択とは次のようなものであると思われます。一般的な真理の分析哲学として提示されるような批判哲学を選ぶべきなのか、それとも、われわれ自身の存在論現在性の存在論という形態をとる批判的思考を選ぶべきなのか。そして、ヘーゲルからニーチェマックス・ウェーバー等々を経てフランクフルト学派に至る、後者の哲学の形がひとつの考察の形態を打ち立てたのであり、もちろん、可能な限り私もそこに加わりたいと思うのです。
フーコー『自己と他者の統治』P27

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